実は、僕たちのこの“日本初のラーメン”開発の一連の現場には、この情報を目ざとくキャッチした 某テレビ局の取材クルーが、当初からベッタリ密着していたのであります。当然カメラは回しっぱなし。誰かがひとこと口を開けばその顔を、チョット失敗すればその手元を、忍者のように忍び寄るカメラが 素早くドアップで捕らえます。そんな状況下での試食会でした。
僕たちは、テストキッチンで調理したラーメンを素早く隣室の試食室に運びました。後ろからは忍者の取材クルーたちがスルスルとついてきます。白いテーブルの上に置かれた黒い漆の丼。紫檀色のスープから立ちのぼる淡い湯気と薄茶色の蓮粉の麺(T商店が開発)。部屋には、和風ダシの潮の香りとほのかな中華ダシの香りが溶け合った何とも言えない良い香りが漂っています。食欲をそそらせる条件はそろいました。
まず、テイスターのラーメン研究家・H氏が「待ってました」と、スープを一口すすりました。
・・・(無言)
続いて殿様ご兄弟も一口。
・・・テイスターは全員無言。
いったいウマいのかマズいのか?
この沈黙は僕たちを不安に駆り立てました。いや、粒粒辛苦の果てに作り上げたラーメンです。絶対マズいはずはありません。
やがて長い沈黙を破るようにH氏の口が開きました。忍者のクルーたちは一瞬のうちに、カメラと集音マイクと照明をH氏の顔面に浴びせました。
・・・H氏はひとこと。 「コクが足らんごたあですな」
殿様ご兄弟もうなずきながら、「味は良かばってん・・・」
清湯スープの“味”の追求のみにとらわれすぎて“コク”を見失っていたことに気づいた僕は、自慢の大リーグボール3号を打たれた星飛雄馬のような衝撃で、顔中から冷や汗が吹き出しました。 忍者たちはすでに、僕の顔の毛穴に集中してます。追い打ちをかけるようにディレクターがイジワルに質問します。「どうしました?」窮地に立った僕は「どぎゃーんも、こぎゃーんもなかっどー。ホー」と、とりあえず筑前博多の忍者たちには 聞き慣れないであろう、肥後熊本の方言でごまかしてみました。
すると突然、和風ダシ担当の懐石料理人がキッチンに消え、グリルの前で何かやり始めたと思いきや、 数分後一杯のラーメンを手に彼は試食室に戻ってきました。「コレを食べてみて下さい」 テイスターたちは、彼に勧められながらも半信半疑でそのスープを口にしたところ、
H氏が開口一番・・・「ウマい!このスープに清き一票!」
と、感動的名言。そしてテイスター全員、異口同音で絶賛という結果となり、かくしてこの試食会は危機を乗り越えながらも、 最終的にはどうにか満足できる結果で終わることができました。
ところで懐石料理人は、スープにどんな手を加えてコクを出したのか? ラーメンフリークの読者諸氏はズバリ興味津々でしょう。今回だけ、そんなアナタにだけコソ~っと教えちゃあたい。実は、彼がやったのは、それまでトッピングしていた鴨のミンチを、手鍋に小分けしたスープで煮込んだだけ、 ただそれだけのことです。この簡単な作業が、テイスターを絶賛させる“スープのコク”を生み出しました。至って単純な答えですが、プロのコツとはそんなものです。
それから数日後の、旧柳川藩主邸・御花で盛大に執り行われました「立花柳麺(りゅうめん)発表会」も、お招きした200名を越す各方面の方々から、有り難くも沢山のお褒めのことばをいただきながら、 無事成功裏に終わることができました。かくして、Tラーメンのラーメン研究会という無謀なラーメンバカたちが創り上げてしまった “日本初のラーメン”。このラーメンはその後、柳川から里帰りして、再び彼らの手で改良が加えられました。麺も自社の麺工房で生まれた“黄色いちじれ麺”に変更され、ついに「しょうゆ柳麺」という商品として 完成してしまいました。 とんこつラーメン発祥の地・久留米で、今、新種のラーメンが発祥したのです。くだんの忍者たちのテレビ番組も、ドキュメンタリータッチで感動的に描かれ、視聴者からも好評でした。 (見た方も多いでしょう)。 ・・・実はそのラーメン、一日百杯限定ではありますが、僕たちの店、“TラーメンS亭”で 絶賛販売中であります
。期間限定につきお早めに一度、ご賞味あれ。