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第百二十七話 映画「ラーメン侍」幻の脚本⑯

前号からの続き

17 雑 食

 筑後川の堤防に、菜の花の黄色い絨毯が敷き詰められた。春の陽を浴びた川面が、柔らかに光っている。
 堤防の上を昇と光を乗せたスーパーカブ(バイク)が土煙を立てながら走っている。それは新車である。二人は筑後川の小さな支流である高良川の源流を目指している。
*(光)『父ちゃんは僕を川遊びに誘ってくれました』
 カブは山あいの林道の轍を避けながらヨタヨタと走り、やがて小さな谷川に着いた。「光、ここにゃあ沢ガニやホウジャ(カワニナ:小型の巻き貝)がいっぱいおるぞ」冷たく、清らかなせせらぎで光は水遊びをはじめた。「光、ホウジャを捕れ」
 昇はせっせと川原の石でカマドを作り、枯れ木や流木の焚き火の上に、川の水を入れた飯盒を乗せている。それが沸騰すると、光が獲ったカワニナと一つまみの塩を放り込み、一煮立ちさせると〈カワニナの塩ゆで〉が出来上がった。「食べ方ば教えちゃる」昇は細長い円錐状の貝の頭を五円玉の穴に差し込み、頭の先をポキリと折り。その折れた殻の頭に口をあて、ちゅるりと中身を吸い込んだ。何とも野趣あふれる食べ方である。「うん旨い、お前も食え」光も見よう見まねで食べはじめた。意外と美味であった。
 すると昇は川の中の石をそこら中ひっくり返して、沢ガニを捕りはじめた。光がそれも煮るのかなと思いきや、あろうことか、そのカニを生きたまま口に放り込み、バリバリと食べはじめた。昇の唇からはカニのハサミが出てる。そのハサミはまだ動いている。光が驚きと恐怖で見つめていると、オヤジはそのハサミを指でヒョイと押し込み、何食わぬ顔(食ってるくせに)で生きた沢ガニを平らげてしまった。
*(光)『父ちゃんの場合、食べ物の好き嫌いが皆無というより、イノシシのような雑食人間でした』
 その夜の屋台。外では選挙カーの声が聞こえる。「ワタクシは久留米市議会議員立候補のイナドミ、イナドミタロウでございます。はい弾丸ラーメンとキンタマ焼き鳥の皆様、大変お疲れ様でございます。イナドミでございます。のぼっちゃーん、元気のー? イナドミば頼んどくばーい。わーはっは」カウンターの山村が言った。「稲富さんはまた出るばいの。今年落ちたら二連敗ばい。懲りんのぉ。ところでのぼっちゃん、さっきからせっせと何をむしりよると?」スズメの羽たい」「へぇ、どこで捕ってきた?」「隣のタマからもらった」村山はあきれた。「そら猫から横取りしたとやろうもん」
 昇はとぼけた顔で答えた。「猫のくせに俺の前で自慢そうにスズメをいたぶりよったけん、俺がスズメを助けてやったったい」昇は隣でせっせと焼き鳥を焼いている端午に声をかけた。
 「おーいダンゴ、ほら、これを焼いてくれ」羽をすっかりむしり取られたスズメを端午に放り投げた。端午はそれを受け取り、黙々と焼きはじめた。
*(光)『父ちゃんはイノシシというよりプレデター(捕食者)でした。獲物を横取りされた隣のタマは家出したそうです』
「イナドミタロウでございます」再び選挙カーがやって来た。一段とスピーカーの音量が増している。
「のぼっちゃ〜ん、ほんのこつイナドミば頼んどくば〜い。今度落ちたらウチのカミさん出て行くげな〜」

次号へ続く

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