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第五十四話 宮さまの替え玉(中)

 高円宮殿下のご所望とはいえ、何の設備のない宴席に今すぐラーメンの出張料理というのは不可能です。畏れ多いことですが、僕は側近の方に丁重にお断りしました。
 すると、あろうことか殿下は
 「それでは私がお店に参りましょう」
 と宣(のたま)われたのです。瞬間、店長全員に戦慄が走りました。皇族がラーメン屋に赴くなどとは前代未聞です。店長たちは
 「皇族の人が、ラーメンやら食べてよかと?ましてトンコツばい。”呼び戻しスープ”ばい。しかもクサイばい」
 「お腹壊されたら俺たちゃ百タタキかいな」
 「バカたれ、ハリツケ獄門たい」
 などと口々にワケのわからぬことを言っております。
 
 今偶然にも店長会議の真っ最中。うちのラーメン職人のトップ九人が勢揃いしています。そのうえ全員がスーツにネクタイ姿。僕は「これも何かの縁」と感じ、意を決して「お待ち申し上げます」と側近の方に伝えました。
 殿下ご希望の「本店」の閉店時間は(夜)九時、ご来店時間は十時です。僕は九時に一旦閉店した後、素早く店内外の清掃を終えさせ、「高円宮殿下お出迎えの儀」と称して店長全員と共に店舗玄関の外に整列し、直立不動でお待ちしました。でもあまり人相のよくない店長たちです。おまけにスキンヘッドの店長までいます。こんな連中が黙って並んでいると、まるでヤクザの親分を出迎える子分たちのようで、日頃静かな田舎の住宅街は騒然。
 やがて十時きっかり、黒塗りの高級車が現れました。殿下と思いきや、車内から黒スーツの御仁がぞろぞろ現れ、その中のひとりがイキナリ僕の横のスキンヘッッドの店長に駆け寄り、
 「何者か?」
 と詰め寄ったのです。僕は慌てて
 「この者はうちの店長です。決して賊でもテロリストでもありません」
 と弁明し、彼を一番後ろの目立たない列に並ばせました。その後も続々と黒塗り高級車が現れ、小さなラーメン屋は表から裏まで黒スーツのSPたちに完全に包囲されてしまい、田舎の住宅街はさらに騒然となりました。
 僕はつぶやきました「こらホンモノばい」。 そして最後の車が到着。店長たちは固唾を飲んでその車を見つめています。側近の方が後部ドアを開くと、とても品のいい紳士が現れました。高円宮憲仁親王殿下でした。

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