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第九十話 撮影現場の女神

 映画の撮影前、関係者は撮影中の安全を祈願して、お祓いやお参りをします。特に怪談ものやホラー系の映画には、それは欠かせないそうです。
 さて映画「卒業写真」の舞台である久留米の撮影現場で起きた「不思議な現象」とは・・・、といっても、この映画は怪奇映画ではなく、こころ温まるヒューマンドラマであります。したがって現場で起きたのは「怪奇」現象ではなく、あくまで「不思議な」現象であります(ややこしい前フリでゴメンナサイ)。
 それは先ず、筑後川・片の瀬対岸の河川敷で起きました。そこは主人公夫婦が故郷の自然を満喫しながら散策しているというシーンの撮影現場。夫婦の会話には、何気ないやり取りの中にも、物語上大切なキーワードが含まれているという大切なシーンです。そして二人の後ろには、すでに西に傾いた太陽の、その暖色系の光を浴びた雄大な筑後川の風景が必要でした。しかし!なんとその日は雨。しかも、みぞれに近い冷たい真冬の雨。それでもこのシーンはこの日に撮り終えないと、以降のスケジュールがすべて狂ってしまします。スタッフは寒風の中を黙々とセッティング作業をしています。大刀洗から来てくれた炊き出しのオバチャンたちも、寒さに震えながら熱い豚汁を作ってくれています。その間2時間。一向に雨の上がる気配はありません。皆、この日ほど太陽が恋しいと思ったことはありません。ついに主人公の奥さん役の羽田さんも到着しました。「おはようございまーす(午後でも現場ではこの挨拶)」元気な声と共にヒロインの登場です。そして羽田さんは、何気なく空を見上げました・・・。するとどうでしょう。何と、垂れ込めていた灰色の雲に穴がポカンと開いて、そこから待ち望んだ太陽の光がスーっと差し込んできたのです。そして雲のあちこちに穴が開き、まるで空は旭日旗(軍艦旗)状態。やがて雨も上がり、ついに太陽が現れました。何ということでしょう。羽田さんはまるで、天の岩戸からお出ましになった女神・天照大明神(あまてらすおおみかみ)でした。
 実は羽田さんのこの神通力は、その後の草野町のロケのときも幾度となく発揮されました。不思議なことです。考えてみれば羽田さんに限らず、この映画自体、完成と配給決定に至るまでに様々な障害が立ちはだかり、何度も制作断念の危機に見舞われました。その都度、奇跡的に“神風”が吹き、窮地を救われたのも事実です。まさに“天に守られた映画”という気がしてなりません。それは、この映画を愛するすべての関係者の強い想いが天に通じたということでしょうか。
 現在この映画は、今月二一日の(久留米T・ジョイ)公開に向けて最後の編集作業に入っているようです。僕もその現場でラッシュを見てみたい気もしますが、僕の網膜には、撮影現場で一生懸命に働くスタッフやキャストの姿が焼き付いています。公開の日まで、その網膜の美しい残像を楽しむことにします。

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