ラーメン今昔物語(28)
−愛の貧乏脱出大作戦B−
ラーメン屋のH.K
中山さんは初日の修行内容が納得できずに、遅くまでヤケ酒でも飲んだのでしょうか、一時間も遅れてやって来ました。 旅館からの、すでに陽が高く昇った二キロの道をダッシュで駆けて来たらしく、彼は服を着たままシャワーを浴びたような姿でした。
彼は方で息を弾ませ、喘ぐような声で詫びていましたが、僕はそれを許さず、今日も引き続き合川店での駐車場整理を命じました。中山さんとしては、「とりあえずこの場をなんとかつくろえば、今日から予定されている念願のラーメンの調理実習ができる」と思っていたようですが、彼のその甘い考えは僕に見抜かれ、打ち砕かれてしまいました。
更に僕は、この本店から二キロ先の合川店まで徒歩で行くように命じました。あとの彼はもう、自暴自棄。合川店までの道をふてくされたように歩く彼の姿は、歩道に立ち昇る陽炎越しに、望遠レンズがしっかり捉えています。
テレビクルーがやや離れた位置から尾行していることに気づかないまま、 携帯電話で誰かと話し始めました。彼の怒りは頂点に達しているらしく、高感度の小型ワイヤレスマイクが自分の胸元に仕込んであることさえ忘れているようです。音声さんのヘッドフォンに聞こえてくる声は・・・
「ぞーたんのごと(冗談じゃない)なーんが修行やろかい!朝からオーライオーライば、クソばかーんごつ (ばかみたいに)一日中しよったばい。今日もばい!」
やがてなんとか駐車場整理を始めてみたものの、恨みつらみの毒をまき散らしながらの仕事です。 本人が仕事の意味を理解できないまま続けれる仕事などありませんし、ましてお客さんへ感謝が伝わるわけがありません。
昨日にまして照るつける太陽が、ようやく西へ傾きかけた頃、本店にいるぼくへディレクターから緊急の電話が入りました。
その前に、この放送をご覧になった皆様はご存知とは思いますが、テレビでは、〜店から出てきたお客さんが、 駐車場整理でくたくたになった中山さんの姿を見て、「頑張ってください」と声をかける。その言葉で目が覚めた中山さんは、
この仕事の大切さを知る。〜 という流れになってました。これで間違いはないのですが、放送時間の関係でしかたなくカットされた部分を皆様にお伝えしましょう。
そのディレクターからの電話とは、「中山さんは修行を断念するそうです」というものでした。予感はしていましたが、ついに最悪の状況になってしまいました。
ディレクターはいいました「達人が直接本人を説得できますか?」・・・僕はあえてそれはしませんでした。 なるほど僕が今から本人に会って、疲れきった心を癒しながら、この仕事の本当の意味を論してあげれば、
彼はスグにでも立ち直るでしょう。
しかし、出題の答案をスグに教えるということは、「とことん考える」という、人間が生きていく上でとても大切な能力を失わせるような行為だと思ったからです。
そこで僕はS店長を行かせました。このS店長というのが、かつて僕に反発し、一時期僕の店を離れてみたものの、やがて自分なりに答えを見つけたのか、いつの間にか一皮も二皮もムケて戻ってきた男です。
かくして、S店長、僕、テレビクルー、そして中山さんにとって、暑くて長い長〜い夜が始まりました。
− 次号 乞うご期待 −
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